Cherry Blossoms
†桜花†
<4>
入学式の次の日は、休日だった。
せっかくの休日だというのに、私には予定というものが無い。
リビングでは、天気のよさを生かして、兄が洗濯や、リビングの掃除などをしている。本当なら手伝わなくてはいけないところだが、私が手を出すと、余計に汚くなると兄に止められているのだ。自分ではそんなことは無いと思っていたのだが、現に自分の部屋を掃除する度に物が積み上げられていたり、物が床に敷き詰められたりしているのだ。兄曰く、「遙は要領が悪い。しっかり何処から掃除するとか、何処に何をおくとか考えてからやらないとだめだよ」との事だ。
暇でしょうがない私の携帯電話が鳴った。外画面には“弘一”とあった。
「もしもし?」
「あ、遙?オレオレ、俺だけど―――」
「オレオレ詐欺はお断りです」
「えっ、いや、ちょっ、ちょっと待てよ。いくらなんでもひどいだろ。弘一だよ」
「分かってたよ?」
「なんじゃそりゃー!…ほんとにビックリしたー…」
凄く驚いていたらしく、電話の向こうから溜息の声が聞こえる。
「ごめん。で、どうしたの?」
弘一とは、昨日電話番号と、アドレスを交換した。後から、結と陽輔とも交換をしていればと、少し後悔した。
「ん?あぁー…。えっとさ、今から出られる?」
「え、今?」
現在午前10時15分。兄は急がしそうで、自分はどうせ暇だった。
「いいけど…何処に行くの?」
「いろんなとこ行くの」
「…何処行けばいいの?」
「玄関」
「学校の?」
「違うよ。遙の家だよ」
「はい?」
慌てて窓から身を乗り出し、玄関の方を見ると、確かに弘一の姿があった。
「どうして…知ってるの?」
「何を?」
弘一は笑ってこたえる。少し不気味にも感じる。昨日は確かに送ってもらったが、家まで送ってもらった覚えはない。
「もしかして…ストーカー?」
「……そういう趣味は無いな」
「じゃぁ、どうして?」
「まぁ、こっち来なよ」
通話をきって、軽く髪をといて、一階の西側を向いている玄関へといった。
「はぁ…本当にストーカー染みてるよねー…」
ニコニコと弘一が迎えてくれた。
「遙―。出掛けるならひと言―――」
兄が洗濯籠の仲に洗濯物を山のように積んだまま私を追ってきた。しかも、弘一を見た瞬間言葉か途切れていた。
「こんにち。お久しぶりです……っていっても覚えてらっしゃいませんよね」
弘一が兄に向かって挨拶をしている。弘一は兄を知っているのか。
「んー…と。見覚えあるんだけどねー。もしかして、弘一君?」
「当たりです」
「お兄ちゃんも知ってたんだ…。私、ほんとに何にも―――」
兄が私の頭に、そっと手を差し伸べて笑ってくれる。
「行ってらっしゃい」
「……。行ってきます」
私の言葉を遮るように兄は見送った。
懐かしい公園を2人で歩く。
「ねぇ、なんで私の家知ってたの?」
「え??…あぁ、まぁ、いいじゃん」
歯切れの悪い言葉が返ってきた。
そこまでいいたくない理由があるのだろう。私はもう聞くのをやめた。
「俺さ、結構…傷ついた」
「??」
いきなり弘一が私に向かって真剣な顔を見せた。
「実は、結と陽輔と俺とお前…。幼馴染なんだよ」
「…え…」
私もうすうす感じていた。結が驚いていたのだから私と弘一も昔からの仲なのだろうと。
「こんな事、今の遥に言っても仕方がないけど…」
「うん」
「でも…ホントに辛くて」
「うん」
「ごめんな」
「うん…。私のほうこそごめん。絶対に思い出すから」
「……無理、しなくてもいいと思う…」
「…なッ、なんで?」
「別に、そのままでも。これから新しい思い出、作っていけばいいと思う」
今日の弘一はおかしい。どうかしている。
昨日までは手伝う、協力する。って私を励ましてくれた。そんな弘一が“無理しなくてもいい”なんて…
「言って欲しくない!!」
弘一は黙って私を見てくれたが、私は弘一を見る事ができなかった。
「弘一に…そんな事、言って欲しくない!!!……だいたい、弘一矛盾してる!!」
まずい、泣きそう。
「私に“手伝う”って言っておいて!!“辛かった”っていっておいて!!!…ッなんでそんな事言うの!!??私、必死に…あなたとの思い出…思い出そうとしているのに、大切な人との思い出、思い出そうとしてるのに!!」
泣くつもりなんてなかった。弘一と会える。電話をもらったとき、こんな事になるとは思ってもなかった。目から流れる水滴が砂利に落ちて色を変える。
「――はる…」
「もう、いい。……ごめん。私…帰る」
私の気持ちをわたってもらうことが馬鹿なことだったんだ。こんな気持ちを誰も知らない。知る事なんてできないんだ。ぽっかりと空いたキオクは私の心を冷やしていく。
後ろを向いて、歩き出した。そんな私の左手首を大きな手がつかむ。
「放して!!」
思いっきり振っても手は解かれない。そして更に、冷え切った私の体を大きな体が包んできた。
「……ごめん。俺、こんな事言うつもりじゃなかった。正直、自分自身頭がぐちゃぐちゃで…わからないんだ。思い出せないのなら、手伝ってやればいいと思ってた。結と陽輔と話してたときに…悲しかった。でも、よく考えてみると…思い出すっていうのは…あの記憶の事だから…」
弘一が何を言っているのか半分も分からなかった。私のキオクを知っている人だからこそ言える事なのだろうと思った。
「私のキオクが酷いものでも…。私は知りたい。―――怖いよ。私は何をしてきたのか、誰も教えてくれないんだもん。そんな事、思い出したくなかったよ。でも、弘一に会ってから、思い出さなくちゃ、って気持ちが強くなって。―――――私は、あなたが大切な人だから…好きな、人だから…」
弘一の腕の力が一瞬緩くなって、いっそう強くなる。
「俺も…昔から、遥が好きだった。忘れようとしても、忘れられなかった」
ごめんと、囁いた弘一は鳴きそうな声をしていた。
初めて私と弘一の気持ちが一つになった。