Cherry Blossoms †桜花†
 

Cherry Blossoms

†桜花†

<5>

 遥と弘一を見送った後、玄関にはまだ人影があった。
「お前なんだろ、弘一君に俺の家教えたの」
「…あら、なかなか鋭いじゃない?凌哉…久しぶりね。元気にしてた?」
 玄関の塀から、髪の長い女の人が現れた。
「おかげさまで。彩乃も元気そうだな」
 彩乃と呼ばれた女は本名“高見 彩乃”。正真正銘弘一の血のつながった姉だった。
「幼馴染に言う事はそれだけ??そっけないわね」
「幼馴染として教えてあげるけど、君が余計なことをしなくても俺はいいと思うけど」
 俺がそっけなく答えるのを彩乃は気に食わないらしく怒った声色で答える。
「あいつが悪いのよ!!いつもいつもタラタラと引きずりやがって。見てられないわ!!」
 まぁ、いいけど。と俺は洗濯の途中である事に気付き、庭に向かって歩いていった。
「ちょっと!!逃げるの!?待ちなさいよ!!」
「お前の愚痴に付き合ってるとろくな事ないからな。昔なんて最高2時間くらい聞いた事あったぞ」
「今ならその記録越せる気がする!」
「…やめてくれ」
 俺と彩乃は同い年で、ここに住んでいた頃は良く遊んだものだ。遥や弘一が生まれてからと言うもの、シスコンではっきりしない弘一君に対して彩乃は怒るばかりだった。
 そう思うと、遥はブラコンでもないし、ところどころおっちょこちょいではあるがいい妹だと思う。
 いや、意外と俺がシスコンなのかもしれないな。
 俺は遥が決めた事を受け止めようと十年前から決意をしていたのだ。
 空は雲ひとつないすがすがしいもので、でも俺の中には有るはずのない雲がかかっていて。どうしようもない自分に嫌気が差して、それでも自分を抑える事が精一杯だった。
 あのときから、自分は何も変わっていないんだと、改めて痛感するのだ。
 
 私が泣き止んだのは弘一に抱きしめられてから五分は経つころだった。
「…遥。あの…さ」
「…ん?」
「そろそろ…恥ずかしいんだけど…」
「………。すみませんでした」
 私も恥ずかしくなって弘一から離れた。
 それから、お互いの顔のほてりが冷めるまで無言でベンチに並んで座っていた。
 それには更に十分ほど時間がたった。
「あのさ、弘一が知っている私の事…。話してもらっちゃだめかな?」
「え?」
「あッ、いや、別に、話したくないのならいいんだけど…。少しでも手がかりにならないかなって、思ったの」
「遥の恥ずかしいことも?」
「えぇ!!??」
 弘一が笑いながら私をからかう。
「冗談、冗談。わかったよ。お話してあげましょう」
「恥ずかしいことは除いてね」
 あはは、と笑いながら弘一は話し出す。
「俺と遥は…あ、いや、俺と遥と結と陽輔は生まれたときからの仲なんだ。
 昔から4人で笑って泣いて、喧嘩して…特に結と陽輔は喧嘩してばかりだった。それを俺と遥が笑ってみている。毎回同じパターンだった。
 そして、遥が10歳の誕生日の日に事件は起こったんだよ」
「じけ…ん…?」
 ドクンと胸が高鳴る。自分の心の中に眠っているキオクと共鳴するように。
「そう。…遥は、交通事故にあったんだよ」
「……こうつう…じ…こ」
「俺と結と陽輔は三人で遥にサプライズパーティーを計画していた。俺の家で。そして当日、遥は俺の家に向かう途中飛び出してきたトラックに轢かれたんだ。そしてしばらくは、近くの病院に入院して何とか回復していったんだけど、まだ治療が必要だっていって大きな総合病院があるところに引っ越していったんだよ。そのときの俺はショックで一ヶ月ぐらい気を失っていたらしくて、目を覚ましたときにはもう遥は引っ越していた」
「それが…真実…」
「そう、まぁ、俺は気を失ってたから、曖昧にしか分からないけど」
 何かが私の中で引っかかっていた。けど、何も知らない私がどうするわけにもいかず、ただただ、弘一が話すキオクを頼りにするしかないのだ。
「俺は、何もできなくて…悔しかった。はははッ。かっこ悪すぎだろ?」
「そんなことないよ。仕方のなかったことだもん。それに、今こうして、生きて、弘一と話せることが私にとって幸せなことなんだよ」
 そういってくれると、助かる。弘一は消えそうな声で言った。
「じゃぁ…約束してもいい?」
「何を?」
「二度と…、二度と遥がこんな目にあわないように、俺がお前を守る」
「……。うん、約束だよ?弘一。―――!!??」
 小指を出した瞬間、頭に雷が落ちたかのように一瞬痛みが走る。
 そういえば、前にも同じような約束をした気がする。 
 前と言っても、大分昔…。
 いつだったか…。
 私は…しっている。
 しっている?……本当に?
「あの…さ、弘一」
「ん?」
 小指を出した瞬間固まってしまっていた私を心配そうに覗き込む。
「あの、昔も…同じような約束…しなかった?」
 昔?といって弘一は顎に手を添えて考え込む。
 しばらくして、
「俺のキオクには無いけど…。もしかして、誰かに先越されてた?」
「…ううん。きっと勘違いだから。大丈夫。ほら、約束…してくれるんでしょ?」
「あぁ。約束」
 2人で、小指を掛け合い、指切りをした。
「あ、それと…いい忘れていたけど、その…前持っていたくまのキーホルダー…」
「え?コレ??」
 私はポケットの中から昨日教室に忘れていったくまのキーホルダーをだした。
「うん、それ。実はさ、俺が遥の誕生日に用意してたものなんだ」
「そうなんだ!!目を覚ましたときに手に握ってたのがこれだったんだよ?」
 私の言葉を聞いて、弘一はいきなりうずくまって顔を手で覆った。
「やばぃ…。めちゃめちゃうれしい」
 顔を真っ赤にしている弘一を見ていると、自分まで赤くなってしまう。
 なんとなく一緒にいるのも恥ずかしくなって、
「…えっと。あたし…かえるね」
 ついつい逃げたくなる。
「え?……あぁ、うん。…あのさ、送ってもいい?」
 私の逃げを悟ったのか、弘一が遠慮がちに聞いてくる。
「…うん」
 そして、私と弘一は歩き出した。
 並んで歩いてみると、ついさっきまで逃げていたのに、今度は離れたくなくなってしまう。
 そして、少しでも長く一緒にいられるように、私はわざとゆっくりと歩いた。
 

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